人間の前歯が「見た目」以外に与えるさまざまな影響をご存じですか?

歯科の世界では前歯は自分の一番前の歯から数えて、3番目の犬歯までのことを指します。

です。なので、上下あわせると前歯は全部で6本づつある計算になります。

目立つところの六本の歯ですから、そこが白くてきれいな歯と歯並びであれば、それだけでとてもさわやかな印象を与えられます。

イメージを左右する前歯の歯の角度
ヒトが初対面で合った時に一番イメージに影響する部分が口元の特に歯並びと歯の角度とその色です。

従いまして、皆さん矯正相談に来られる方もたいていの場合、

  • 出っ歯だと困る
  • 受け口だと困る

など、見える部分の理由で相談にお越しになる方は多いです。

前歯はかみ合わせの「指揮者」です

実は前歯の役割はそれ以上に人の噛み合わせの機能全体を制御している指揮者の様な役割を持っています。

そして、そちらの方がもっと大切な役割と言えるんですよ。

前歯の機能を指揮者にたとえる理由は、2つあります。

  1. 前歯の角度次第で、奥歯への負担が変わってくる
  2. 前歯の角度が咀嚼を制御している。なので、顎関節への負担に影響する

ただ「見栄え」以上の価値があるんですね。

より良い治療の選択のために、少々難しい話題ですがこの後、仕組みについて書かせて頂きます

前歯のちょうどよい傾き具合とは?

人の前歯は横から見ると、以下の様な関係です。

  • AOP:アキシスオルビタール平面の略で、その方の上顎骨の骨格の基準となる平面
  • IOA:上の歯と下の歯の隙間の角度
正常な上下の前歯の関係
上顎の前歯と下顎の前歯のなす角度は日本人の平均で43°~50°

前歯は、上の歯が下の歯におおいかぶさっています。

そして、日本人で正常な咬合の方の赤い部分(IOA)平均は43°~50°だと言われています。

(出典:顎関節機能を考慮した不正咬合治療  佐藤貞雄 他著 東京臨床出版)

 

傾きが大きい=出っ歯だと何が起こるのか?

この赤い部分(IOA)の角度が大きくなった状態が「出っ歯」です。

出っ歯だとどうなるのかというと、見た目の問題はさておき、本来の前歯の指揮者としての機能が全くなくなってしまうのです。

結果、モノをかんだり歯ぎしりをする際に、奥歯ばかりがダイレクトに当たる回数が増えてしまうことになります。その結果、干渉と呼ばれる現象が奥歯に強くなります。

しかもガイドがないため、咀嚼サイクルの動きが制御されていない。なので、全体としてワイドな顎の開け閉めとなります。

叢生かつ受け口かつオープンバイトの例
噛みにくさもさることながら、なんと言っても見た目で損をします

強い側方からの衝撃を奥歯はたえず受け続けてしまう

みなさんは食事の際に、歯をどこまで動かすと反対の歯にぶつかるか、いちいち考えながら食事をしていますか?

していないですよね。それは、前歯がガイドしてくれているからなのです。

前歯が咀嚼サイクルを制御してくれているからなのです。

しかし、前歯が出っ歯であった場合、どこまで下の前歯を前に出しても出っ歯でガイドがない。なので、奥歯しか当たらない状態となります。

結果これを無意識に脳が判断してどこまで動かしても平気なんだな、と思い込んで、咀嚼サイクルが非常にワイドな動きとなってきます。

その結果、

  • 絶えず奥歯ばかりに力がかかるようになり
  • ワイドな咀嚼サイクルのために横殴りの上下の歯の当たり方が奥歯に集中

します。

つまり、かなり強い側方からの衝撃を奥歯はたえず受け続けるのです。

これが日中の食事だけの場合以外に、夜間の歯ぎしりの場合にはさらに強く無意識に歯をこすり合わせて喰いしばる時間も増えていきますから、奥歯にしてみればたまったものではありません。

このようにして、次第に奥歯がしみる現象(知覚過敏)やエナメル質のクラックや歯根破折、そして歯の歯根膜へのアタックがおきたり、外傷性の歯周病でぐらぐらになってしまう、といった歯への悪影響を及ぼしはじめます。

 

同様の問題を抱える、出っ歯以外のかみ合わせ

同様に切端だけしか噛んでいない噛み合わせ(切端咬合)の方も、同様に前歯のガイダンスがない噛み合わせで同じ現象が起きやすくなります。

以下が切端咬合の図です。先しか触れていないのでガイダンスになりません。

その結果、将来的には

  • 奥歯がぐらぐらになりやすくなったり
  • 奥歯の表面にマイクロクラックが生じて奥歯が欠けて虫歯になりやすかったり

といった症状が将来おきる危険性が高くなる可能性がある噛み合わせです。

受け口はより深刻です

また、そもそも上下の前歯の位置関係が逆転している受け口のような反対噛み合わせの方には、最初から前歯のガイダンス機能が存在していないことになります。

そうしますと、同様に奥歯の歯のトラブルが多くなります。

(総合治療についてのところの症例報告参照)総合治療 – 全顎・全体を見て治療することの重要性

急峻すぎた前歯の場合

逆に今度は赤い部分の角度が小さくなってしまいますと、上の前歯が内側に立ちすぎた状態となり、出っ歯の反対で、見た目は引っ込んだ感じとなりすぎて、逆に貧相な口元に見えます。

こうなりますと機能的には、上下の前歯の赤い自由領域IOAが狭く小さくなり、とても窮屈な噛み合わせとなります。

このような噛み合わせの方は、咀嚼する際に前歯を無意識に避けるようなストロークで咀嚼をし始めます。つまり、下あごを後ろに引きながら動かすことになります。

結果的に下顎が後ろに絶えず圧迫されるような噛み合わせが習慣化した結果、顎の関節が痛くなったり顎を支える筋肉を疲れやすくしてしまう原因をひきおこしかねないのです。

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急峻すぎる前歯の角度

この噛み合わせの方は、顎の関節にとって負担のかかりやすい危険な噛み合わせと言えます。

矯正治療本来の価値は見た目以上に「歯の延命」です

このように、噛み合わせの不具合は、様々な口の中の問題の引き金となります。

です。なので、歯が痛いからと言って、むし歯であるとか歯周病であるとか、そういったことだけを考えて対処療法をしても、問題の根本は解決できないことが少なくありません。

歯科治療の難しさは、この辺の噛み合わせとの関連性を捉えたうえで治療を進めていかなくてはならない点です。

目の前の症状だけに目を向けず、深い目での治療をお勧めします

原因がわかったからと言っても、全員が歯列矯正を受けていただけるとは限りません。

良い歯並びになっていれば、結果的に長期的に歯や顎へのストレスがかかりにくい状態、バランスの取れた状態が保てます。結果として、歯への負担が減り、長く元気に使い続けられるのです。

調和の取れた歯ならびを得るために歯列矯正をするという考え方は、見た目をよくするために矯正をするといった観点よりも大切です。

人生100年時代となりつつある今、皆様の歯を長持ちさせるためには、ただの虫歯治療などだけではなく、本当に必要な良い噛み合わせを作る事が大事なのです。

ぜひ、そういった観点で見て頂き、今後の治療についてご相談頂けるとうれしいです。

お悩みの点がありましたら、お気軽にご相談くださいませ。