歯のトラブルを引き起こすそもそもの原因は何か?

私は、歯科治療を続けて現場に立って毎日診療を続けてきました。かれこれ30年以上になります。

毎日大勢の患者さんを拝見している間に、遭遇した臨床から学んだ多くの経験則が自分なりに蓄積されています。

ただそれはあくまで経験則であって、検証されたものではなく、かといって私一人で検証できるものでもないのが残念なところです。

そのため、日頃こうした自分の経験則につながる知見はないかな、と絶えずいろいろな学会で出された最新の論文を暇な時に読み漁ってきました。

そんな中、今回、歯のトラブルの原因につながる私の臨床上の経験則を裏付けてくれる面白い論文に出会ったので、ご紹介したいと思います。

経験則:歯のトラブルになりやすい人は、かみ合わせが悪いのでは?

論文をご紹介する前に、私の何年にもわたる臨床から得られた経験則はどういうものかお伝えします。

それは、

「歯のいろいろなトラブルの原因は、歯をうまく磨けていないからだけではない」

ということです。

具体的には、

「噛み合わせの悪い人は、なぜか歯が痛くなったり虫歯になったり歯周病になったりしやすい」

と感じるのです。

歯並びが悪ければ磨きにくい部分が多くあるので、当然むし歯ができやすい点とも、考えられるかもしれません。

歯周病、虫歯などの細菌感染症の立場から考えるならば、確かにそうかもしれませんし、その部分も実際あるでしょう。

しかし、

  • しっかりと歯磨きもできていて、明らかに口腔ケアはきちんとできている方なのに
  • なぜかいつもトラブルを起こしてダメになってくる人が一定数いる

のです。

皆さんの中に、良く磨いているのに、なぜかいつも奥歯に虫歯ができやすくて、銀歯やかぶせ物だらけの方はいませんか?

あるいは、特定の場所に歯周病がすすんできていて、グラグラの歯が多くなってきている方はいませんか?

ここに噛み合わせが関係しているのではないか

歯並びが悪いということは、いいかえれば噛み合わせが悪いということです。

私たちの噛み合わせの良い悪いはいったいどこを見て判断されるのでしょうか。

見た目は、噛み合わせの悪さを示す重要な判断基準の一つです。

出っ歯など見た目が悪ければ歯並びが悪いと思われるのは当然でしょう。

一方で、前歯のように見えるところではなく私たちが実際に食べ物を噛んだり食事をしたりするときに使うのは圧倒的に奥歯が多いですよね。

噛み合わせが悪いと、不自然な噛み方になる

私たちが食べ物を口に入れた際に、もしどこか1カ所でも痛い歯があったりすると、その場所を避けるようにして別のところで無理して噛むようになるでしょう。

そういった状態が長く続くと、顎が疲れてきたり…と別の歯の使いすぎで今度はそっちが痛くなってきたりしてしまうことはないでしょうか。

つまり、どんなに丈夫な歯でも、そこだけを使いすぎるとダメになりやすい、ということになります。

噛むときに干渉の強すぎる歯、歯ぎしりの強すぎる歯、などがあると、オーバーロードと言ってその歯だけやられやすくなるということです。

以上まとめますと、歯にトラブルが起きにくく、長い間安定して使っていけるようにするためには、

  • よく清掃されて汚れていない口腔内が毎日保たれている事
  • 歯にかかる力のコントロールが適切に配分できている事

この2つのことが実現できていれば、長期的に歯はトラブルなく長持ちする、というのが私の長年の診療から得られた経験則なのです。

2.歯の噛み合わせの強弱のコントロールは歯のどこがしているのか。

この経験則の正当性をさらに支えてくれそうな論文がこちらです。

これからご紹介するのは2020年6月に、日本矯正歯科学会の学術奨励賞を受賞した論文の中の一つです。

https://www.nature.com/articles/s41598-019-44846-4

東京医科歯科大学の矯正学の教室と、国立精神神経医療センター、群馬大学医学部の共同で出された論文からのものです。

ここでは、臼歯および前歯咬合時における咀嚼筋活動と相関する脳賦活パタンの差異について出された研究データです。

パワーグリップとPrecision grip(プリシージョングリップ)

例えば人が手で物をつかむときに、力強く握るようにしてつかみます。これをパワーグリップと呼ぶそうです。

一方、繊細なものに触れる際には、つまんだり、なぜたりするようにしてつかむという場合もあるでしょう。そのことをPrecision gripと呼びます。

このように物を捉える際に、この2種類の違いを脳が判断して制御しています。

これと同じ役割を脳の部分で、奥歯と前歯でも使い分けているのではないかという研究が今回の論文のテーマなのです。

人は奥歯で物をかみ砕き、前歯はくわえたり、せん断したりしています。

その際に、それぞれの働きや制御がどのようにコントロールされているのかはまだ明らかにされていませんでした。

下の歯と当たっている場合に、前歯の傾き具合が咀嚼運動を制御するという研究は既にありました。

参照:前歯の役割が実は見た目以上にとても大切な理由

今回の研究では、奥歯での咬合時にはパワーグリップと同様に、強い力で噛むほどに力強く咀嚼する機能が、前歯での咬合時にはPrecision gripと同様に弱い力で噛むほど繊細な運動コントロール機能が作動するという可能性が示唆されたとのことです。

つまり、私たちが物を食べる際に運動制御機構は前歯と奥歯とでは異なるということが分かったのです。

噛み合わせごとの違い

たとえば、噛み合わせが悪い人の代表例として、矯正学的にクラスⅡという呼び方で分類分けされた人がいます。写真で言うと一番左側の人がそのタイプです。

骨格的な咬合の3つの分類
上顎と下顎の骨格の関係から大きく3つの分類がされています。

わかりやすく言うと、かなり乱暴な表現になってしまうかもしれませんが、下の顎が小さく見える感じの人のことをクラスⅡといいます。

この人たちは私の経験上、奥歯に虫歯を多く作ってきたり過去既に治療で削られて口の奥歯に沢山さんかぶせ物が入っていたりします。

またそうでない人でも、顎が痛いとか、顎が疲れやすいという人もこの噛み合わせの人に多く見られます。

クラスⅡ骨格の人とは反対に、下顎の方が強調して見える受け口と呼ばれるクラスⅢと呼ばれる人たちもいます。(先の写真の右側に様な骨格の人です)
この人たちも同様に奥歯の不調和をよく訴えて来られます。

このクラスⅡとクラスⅢの両者に共通している事実、それは両者ともに不正咬合で 前歯が正常に機能していない、ということです。

受け口の場合は、どんなに顎を前動かしてもそもそも最初から上の歯が後ろにあるために前歯には当たりません。

つまり前歯が機能的に使われることができないのです。

顎の動きで繊細な力加減をしてくれる前歯が機能していないということは、すなわち繊細な顎のコントロールが制御されている咀嚼運動ではないということになります。

その結果、強すぎる力を絶えず無意識に奥歯にダイレクトにかけてしまうあまり、結果的に奥歯が痛い、顎が痛い等の歯の痛みになってきている可能性につながります。

要するに噛み合わせが悪い人は無意識に噛む力が強すぎてしまい、しかも噛む場所もかなり偏っているのでそこがよくやられやすいことになります。

歯の硬さ、それを支える歯根膜の強さ、などには個人差があるとは言え、大体みな同じレベルのはずです。

前歯と奥歯の繊細な連携作業でリズムの取れた適度な噛む力で咀嚼運動する人なら、日頃から各歯牙にかかる力の配分はうまく制御されていると言えます。

かなり雑な噛み方だったり、くちゃくちゃ噛んだり、いつも同じところでしか噛まなかったり、噛むときのストロークの大雑把な人。

そんな人たちの口元はやはり良い歯並びであるとはいえない可能性が大です。

“審美的”な矯正治療と”機能的”な矯正治療

矯正治療では、単に出っ歯や受け口を治すといった、見た目をよくする目的昔からありました。審美的な意味での矯正治療です。

しかしもっと重要な事、それが噛むときの力の配分を適切にするために行うこと、それが矯正治療のもう一つの大きな目的となります。

それを機能的な矯正治療と私は呼んでいます。

歯を噛み合わせたり歯ぎしりしたりするときに、歯を長持ちさせるためには前歯で力を制御して、奥歯にかかる力を弱めてくれる役割を演じているのであれば、
もし前歯の役割が働いていない噛み合わせの場合には、奥歯にかなり大きな力がダイレクトにかかり続けるということになります。

絶えず必要以上に歯に大きな力がかかり続ければ、すり減ったりひび割れたりしてそこから虫歯になったり、歯をぐらぐらにしてしまう歯周病になりやすいのです。

私どもの診療所でも、噛み合わせの悪い方、矯正治療を希望される方、すべての方に自費治療となりますが顎機能運動精密検査というのを受けていただいております。
たとえば前歯の角度は、強すぎても、逆になさ過ぎても歯にとって顎にとって悪影響があるという事実、それは過去の記事でも取り上げています。

いろいろな原因で歯にトラブルが生じてそこを修復することが必要になった場合、機能的なバランスの取れた噛み合わせが出来ていない原因を残したまままたそこにインプラントや修復物を入れてもまた同じようにダメになってしまうリスクが残ったままとなるからです。

前歯と奥歯の連携作業があって初めて人の咀嚼サイクルは調和のとれた力加減となり、いわゆる噛みやすく上品な噛み方で見た目もよいのです。

歯列矯正のすすめ

予防歯科とは、単に口の中を清潔に保つことのみを推奨するのではなく、調和の取れた良い噛み合わせ機能を作り上げるということでもあります。

親御さんがそのことに気づかれていて、早い段階で歯列矯正をする機会を作ってもらえたお子さんはある意味かなりラッキーだと言えましょう。

でも大人になってからでも決して遅くはありません。

最近は昔と違ったいろいろな矯正手法が登場してきていて、昔よりは治療のメカニクスも進んできました。

歳をとってから歯を失って義歯やインプラントにならないようにするためにも、まず歯の噛み合わせを整えておくという事はとても重要だということがお分かりいただけたでしょうか。

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